木の家と健康

木の家と健康

人と木のかかわり

 

人と木は、古来よりともに暮らしてきました。そして人は、住宅、家具、食器、調理器具、玩具などに木を使い、暮らしの中で活用してきました。木は私たちの暮らしの中で欠かせないものとなっています。そして、日本の伝統的な住宅は木造住宅であり、内装材には無垢材等の自然の木材が汎用されてきました。

その一方で、産業の発達に伴い、石油を原料としたさまざまな工業材料が開発されました。短期間で施工できる工業化住宅が普及し、工業的に生産された新建材が内装材に多用されるようになりました。その結果、省エネ、防音、防火、耐震、防水性等を向上させた高性能・高機能住宅が開発されました。化学薬品の塗装でさまざまな色調が表現されるようになり、住宅の雰囲気は大きく様変わりしました。工業材料の使用で私たちの暮らしは便利で豊かになりました。しかしながら、木に備わっていた長所を損なっているかもしれない、あるいはまだ気づいていない長所があるかもしれない、そのような思いから、私は約10年前から木質住環境による人の健康や福祉に対する効果の検証を進めてきました。

 

木材として

 

以前より、伐採された木材は温度や湿度を調節する機能を有することが知られていました。奈良の正倉院では、檜材の校倉造りの建物の中で、およそ1300年にもわたって宝物が保存されてきましたが、カビなどの被害が発生せず良好な状態で宝物が維持されてきました。京都大学の川井秀一名誉教授らの報告によると、正倉院の建物室内や杉材でつくられた唐櫃の内部では、二酸化窒素やオゾンなどの大気汚染物質が外気よりも約70~90%減少し、温度や湿度が一定に保たれていることが確認されています。したがって、このことが宝物の良好な保存に結びついたと考えられています。

奈良県が2年間にわたり木材で実験を行ったところ、杉や檜の板はカーペットよりもアレルギーの原因となるヤケヒョウダニの侵入を防ぐ効果が高いことが確認されました。また、杉や檜の木粉はA型インフルエンザウイルスの感染力を低下させる効果があることも確認されました。さらに、杉や檜の板は、白内障や加齢黄斑変性の原因とされる紫外線やブルーライトを吸収する効果が高いことも確認されました。その他にも、室内の湿度を調節する効果や糞尿などに含まれるアンモニア臭を減らす効果も確認されています。

手や足が木材に触れたとき、人は心地よく感じます。木材には多くの空気層が含まれているため断熱性が高く、触れた時に体温が奪われにくく、温かく感じます。奈良県の実験でも、カーペットの生地、杉材、檜材、プラスチック、ステンレス、アルミニウムの順で人が触ったときに温かく感じられることが確認されました。杉材や檜材は、材料の温度が高くても、人の肌には適温と感じられます。したがって、人の肌が直接触れる床や手すりには適した材料といえるでしょう。

 

木質の室内空間として

 

木の香り成分の1種であるセスキテルペン類の一部には、ストレスを緩和する効果や質のよい睡眠を得る効果をもつ物質があると報告されています。私はこのことに着目し、研究協力に同意していただいたボランティアの方を対象にこれまで検証実験を行ってきました。

東京学芸大学の萬羽郁子准教授らと共同で研究を重ね、壁に杉材を設置した部屋では夏期の室温が高い時期であっても活気の低下が低いこと、また別の実験では計算作業後の疲労回復が早いこと、さらに別の実験では枕元へ杉パネルを設置すると睡眠の質が向上し、唾液の分析から免疫機能を高めることを確認してきました。大阪府下の保育所にご協力いただいた実験では、床や壁を無垢の檜材に改装すると保育室がより明るく温かみのある雰囲気に変化したことや、より落ち着く、より集中できる空間であると評価されるなど、保育室内の雰囲気が改善されたことも報告してきました。ただし、これらの結果はまだ部分的な検証に過ぎず、人の感受性には個人差があることから、実際の住環境でも確実にこれらの効果があるとはいえません。ただ、その可能性を秘めているという点で、とても興味深い結果であると考えています。

 

木材から発生する揮発成分の特徴

 

私たちは木の香り成分に着目していることから、においに対する人の脳の反応を評価したところ、刺激性の高いホルムアルデヒドの放散量が多い合板のにおいを嗅いだときには脳における刺激反応が上昇し、無垢の杉材のにおいでは刺激反応が生じず人に対するストレス負荷が少ないことを確認しました。ただし、無垢の木材であればよいというわけではありません。東京工業大学の鍵直樹准教授の協力を得て成分分析を行っていただいたところ、杉材の乾燥温度が高いほど、刺激性を有する酢酸やアルデヒド類の一つであるフルフラールの発生量が増大し、セスキテルペン類の発生量が減りました。

私たちがこれまで行ってきた木質空間での実験は、セスキテルペン類の発生量を確保するために、中程度の温度で乾燥した木材を使ってきました。しかしながら、木材の乾燥温度によっては、有害な成分が放散されやすくなることも明らかになりました。伐採した木材は含水率が高いので、乾燥してから使用されますが、高温で乾燥するほうが早く乾燥できるため乾燥にかかる費用を抑えることができます。しかしながら、有害成分の発生量が増えてしまうという点では、内装材には不向きであるようです。乾燥温度が高い木材のほうが、においをより不快に感じることも確認しています。

 

実住宅における検証

 

私たちはこれまで、主として材料や実験室で検証を行ってきました。しかしながら、これまでの検証で得られた人に対する効果について、人が実際に住んでいる住宅で確認された報告はほとんどありません。そこで私たちは、住宅の部屋の内装において、自然の木材を利用した場合に、室内空間や居住者に対してどのような効果があるのか科学的に検証する研究を始めました。2017年度の後半からこの研究を開始し、『チルチンびと「地域主義工務店」の会』の皆さんからの協力のもと、新築木造住宅入居前から入居後約1年間にわたって室内環境と居住者の健康状態や感じ方を調査しています。

 

 

[参考文献]
・川井秀一ら. 木材による調湿と空気浄化. クリーンテクノロジー. 20(7): 18−21, 2010.
・奈良県奈良の木ブランド課. 奈良の木で健康・快適検証事業報告―木質内装による健康で快適な暮らしを目指して. 報告書, 2018年3月.
http://www.pref.nara.jp/secure/125932/jigyouhoukoku.pdf
・Azuma K, et al. Effects of inhalation of emissions from cedar timberon psychological and physiological factors in an indoor environment.Environments 3(4):37. doi:10.3390/environments3040037, 2016.
・Bamba I, Azuma K. Psychological and physiological effects of Japanese cedar indoors after calculation task performance. Journal of the Human-Environment System. 18(2):33−41, 2016.
・萬羽郁子, 東賢一. 居住空間におけるスギ材の心理的及び生理的効果に関する研究-スギ材パネルの設置が睡眠に及ぼす影響の検討-. 日本家政学会関西支部大会. Vol. 1, 2013.
・Bamba I, Azuma K. Effect of Japanese ceder on psychological and physiological factors influencing quality of sleep and mental health status in an indoor environment. IFHE,0804-HOS-04, 2016.
・Bamba I, Azuma K. Relation of changes in cerebral blood flow and diffusion material caused by smelling wood. Proc. Indoor Air 2014. HP0970, 2014.
・萬羽郁子, 東賢一ら. 室内環境測定と保護者・保育士を対象としたアンケート調査による保育所の内装木質化の評価―大阪府産の無垢ヒノキ材を対象として.人間と生活環境 25(2): in press, 2018.
・原田千聡, 鍵直樹, 東賢一, 萬羽郁子ら. 木材から発生するVOCの特徴と住宅における実測調査. 空気調和衛生工学会大会学術講演論文集,pp77−80,2017.

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