木材から発生する化学物質と木材の乾燥条件

木材から発生する化学物質と木材の乾燥条件

無垢材がもたらす室内環境は、どう健康によいのか。
エコ建築考房と共同研究をしている東京工業大学の鍵直樹さんが、
室内の揮発性有機化合物などの物理現象を解説します。

 

住宅室内においては、接着剤や塗料、内装材料などから発生し、新築時のにおいの問題やシックハウス症候群などの居住者の健康影響の原因となるホルムアルデヒドやトルエンなどの揮発性有機化合物(VOC)があります。室内VOC濃度の低減対策として、接着剤や有機溶剤を含まない天然材料を用いた住宅があります。ただし、無垢の木材からもVOCは発生しますが、その主成分は主に木の香りをつくり出すテルペン類と呼ばれる成分です。テルペン類は適切な濃度においてリラックス効果や睡眠改善効果などの好影響を与え(*1)、室内の快適性や生産性の向上につながると期待されています。

しかし、木材も樹種によっては我々の健康に影響のあるアルデヒド類の発生が多いものが存在すると指摘されています(*2)。よって、木材を用いた住宅において安全で快適な室内空気環境を実現するためには、木材から発生するVOCについて把握しておくことが重要です。しかし、木材は天然材料のため、そのVOC発生挙動は複雑で、木材の乾燥温度などによっても異なることが指摘されています(*3)。

 

木材の乾燥方法による発生物質の変化

樹木は生育中に多量の水分を含んでいますが、伐採後の含水率は周辺空気環境に平衡するまで低下し、その間に収縮が生じ寸法が変化します。木材の乾燥は、木材の含水率をあらかじめ不具合にならない程度まで下げておくことによって、使用中の寸法変化によるトラブルを避けるために必要不可欠な処理です。木材の乾燥方法には、自然のまま屋外などに長期間放置しておく天然乾燥と、乾燥機を用いて強制的に乾燥する人工乾燥があります。そこで、この乾燥過程の異なる杉材のVOC発生について、小形チャンバー法を用いた結果を紹介します。

小形チャンバー法とは、建築内装材料から発生するVOCを、測定・評価する方法です。建材を20リットルの容器に入れ、発生した物質を測定する規格です。この方法を用いて、杉材として、表に示す天然乾燥(杉A)、中温乾燥(杉B)、高温乾燥(杉C)と乾燥温度の異なる3種類の木材を対象に実験を行いました。

図には木材の香り成分のテルペン類の一つであるδ-Cadinene(デルタ|カジネン)と酸っぱい刺激臭のある酢酸の発生量の結果を示しています(*4)。横軸は時間経過で、縦軸は発生量となります。各物質は時間とともに若干の変化はありますが、一定または減少する傾向に。材料のにおいも時間とともに薄れていく傾向はこのようなことにあります。δ-Cadineneについては、天然乾燥の木材の発生量が多く、乾燥温度が高くなるにつれて少なくなる傾向となりました。

このようなテルペン類は、木材に含まれている成分ですが、熱処理を施すことにより、含まれていた成分が揮発して減少したものと考えられます。一方、酢酸については、高温乾燥したものについてのみ検出されました。酢酸は、セルロースという物質が熱によって分解された生成物と考えられ、そのほかにも比較的刺激臭のある成分が高温乾燥の木材において検出されていました。よって、木材に熱処理を施すことにより、木質成分は化学変化を起こすことが徐々にわかってきています。

もちろん、テルペン類の発生および室内濃度は、樹種や産地、住まいの木材使用量、温湿度、換気量などによって異なるものと考えられています。このようなデータの蓄積を行い、材料の適切な選定によって、木材の香りによる快適な住宅環境をつくり出すことを目標としています。

 

杉材の乾燥条件
[参考文献]
* 1 Kenichi Azuma et al.:Effects of Inhalation of Emissionsfrom Cedar Timber on Psychological and Physiological Factorsin an Indoor Environment, Environments, 3(4), 37, 2016.
*2 福田淳:アセトアルデヒド室内濃度指針値と木材・木質材料(2),木材工業, 59(6), 246-248, 2004.
*3 Marko Hyttinen, Marika Masalin-Weijo, Pentti Kalliokoski,Pertti Pasanen:Comparison of VOC emissions between airdriedand heat-treated Norway spruce (Picea abies), Scots pine(Pinus sylvesteris), and European aspen (Populus tremula)wood, Atmospheric Environment, 44, 5028-5033, 2010.
*4 原田千聡,鍵直樹,西岡芙実,東賢一,柳宇,大澤元毅,金勲,長谷川賢一,萬羽郁子:木材から発生するVOCの特徴と住宅における実測調査,平成29年度空気調和・衛生工学会大会, 77-80,2017

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