木の家で暮らす人びとの健康と居住性についての長期調査

木の家で暮らす人びとの健康と居住性についての長期調査

 

木質住環境と健康

 

現在、我が国では約二人に一人が何らかのアレルギー疾患を持っていると言われ、アレルギーに悩んでいる人は少なくありません。アレルギー疾患の予防としては “環境整備”が基本であることが知られています。また、1990年代以降、シックハウス症候群や化学物質過敏症など室内空気質による健康影響が問題となったことから、有害物質の発散の少ない建築・家具材料の選択が進められてきました。さらに、居住者の健康意識の向上によって、 “健康増進住宅”への関心も高まりつつあります。

近年、木材の利用促進に向けた取り組みが進められるとともに、 “木のよさ”を発信するための情報収集や調査研究も多く行われています。中でも、木のにおいによるリラックス効果や、木質内装の睡眠の質や知的生産性への影響など、健康住宅や健康増進住宅とも関連して木質化や木造建築がもたらす効果への注目度はますます高まっています。ただし、これらの研究のうち多くが実験室などで数時間から数日間の短期間の介入による効果を検証したもので、長期的な調査研究は学校や保育所を対象とした一部のものに限られていました。一方で、木質住宅入居後や木質内装リフォーム後には、居住者のシックハウス症候群・化学物質過敏症やそれらに関連する症状が改善したと居住者自身や施工者を通して耳にすることもありました。

 

木質住環境の健康維持増進効果に関する長期実証研究のスタート

 

そこで、実住宅の木質住環境における長期的な効果に着目し、実証研究を開始することにしました。この研究は、無垢材等を使用した新築住宅への居住を予定している方を対象とし、図1のように居住者へのアンケート調査、居住者の生理的指標の採取、室内環境の測定を組み合わせて実施しています。図2のように旧住宅および新住宅で経時的に調査を行うことで、無垢材等の自然素材を使用した住宅の居住性について長期的に調査し、木質住環境の効果を明らかにすることを目的としています。2017年には株式会社エコ建築考房のご協力により予備調査を実施、2018年から『チルチンびと「地域主義工務店」の会』のご協力により本調査を開始しました。これまでに株式会社エコ建築考房を含む7社の工務店を通して30件の住宅で調査を行っています。

 

 

 

研究成果の紹介~居住者アンケートより~

 

現在も研究を行っているところですので、今回は結果の一部として2020年度内にすべての調査が終了した6件の住宅のアンケート調査の結果をご紹介します。

図3は、6件の住宅に居住する20歳以上の12名による住環境評価の結果について、特に大きな変化がみられた項目の平均値を示しています。旧住宅に比べて新住宅では温度調整や湿度調整がしやすくなったと評価されました。温湿度の測定結果からも多くの住宅で冬期の室内の最低気温は旧住宅に比べて新住宅では高く、変動の幅も小さくなっていたことから、断熱性の向上による効果と考えられます。また、室内のにおいについても旧住宅に比べて新住宅では心地よいと評価されていました。生活臭等の関連も考えられますが、室内化学物質濃度の測定結果より新住宅の室内では木の香り成分であるテルペン類が非常に多く検出されており、入居直後のみならず1年後においても居住者は木の心地よいにおいを感じていることが示唆されました。なお、新住宅では無垢の木の持つ特徴でもある温かみのある雰囲気が強く感じられていることもわかりました。

表1は、アンケート調査における居住者の健康状態の結果です。「シックハウス症候群の自覚症状あり」、「精神健康調査票( GHQ12)が4点以上で気分・不安障害が大きい」、「ピッツバーグ睡眠質問票が6点以上で睡眠障害の程度が大きい」と判定された人数をそれぞれ示しました。いずれも旧住宅に比べて新住宅では該当者の人数が減少し、健康・睡眠の状態の改善傾向がみられました。新住宅では旧住宅に比べて室内化学物質濃度は高くなっていたものの、その多くは木の心地よいにおいの成分であるテルペン類であったことや図3でも示したとおり住環境の改善によりシックハウス症候群に関連する症状が抑えられたことが考えられます。また、既往研究で木のにおいのリラックス効果や睡眠の質への影響がみられたように、本研究でも木質住宅における精神健康度や睡眠障害の改善効果が示唆されましたが、調査対象住宅や対象者数を増やし、さらに検討していきたいと思います。

 

 

 

 

最後に、図4にアンケート調査の自由記述欄に書かれた新住宅の住み心地に関する内容を示します。ここまでに述べてきましたとおり、暖かくなった、結露がなくなったというような断熱性の向上による効果や、無垢材の特徴であるにおいや触り心地のよさについてのコメントが多くみられました。今回はすでに調査が完了した一部住宅のアンケート調査の結果を少しだけご紹介させていただきました。引き続き、居住者の生理的指標や室内環境測定結果との関連性について検討していきたいと思います。

 

 

 

[参考文献]

林野庁:科学的データによる木材・木造建築物のQ&A,木構造振興株式会社,2017,
http://www.mokushin.com/28houkoku/2016001qa.pdf(参照2021-03-27)

[謝辞]

調査にご協力いただきました対象者の皆さま、工務店の皆さま、アンケート調査の解析にご協力いただいた赤羽嶺氏(当時、東京学芸大学)に感謝申し上げます。また、本研究は以下の研究費の補助を受けて実施しています。
・科学研究費 基盤研究(B)「木質住環境における室内環境の質的変化と居住者の心理生理応答に関する長期実証研究」(研究代表者:近畿大学医学部 東賢一,研究分担者:東京学芸大学 萬羽郁子,東京工業大学 鍵直樹,工学院大学 柳宇,中京学院大学 立木隆広),2019年度-2022年度;
・『チルチンびと「地域主義工務店」の会』代表 株式会社風土社 受託研究費「実住宅の木質環境における居住者の健康維持増進に関する研究」

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